私は何も願わず、何の力も持たず生まれてきました。たまたまこの時代に、偶然この国の、この町に生まれてきました。つまり、私以外の力で「生まれさせられた」のです。そして元の場所に帰って行くときも、もっと生きたいという願いも叶わず、自分で死を選ぶこともできず、また私以外の力によって「命を絶たれる」のです。つまり、もともと生きる意味など最初から無かったのではないでしょうか?と、思ってしまう。人間は、いや、生き物すべてそうなのかもしれません。しかし、一方で命の起源にまでさかのぼって考えると花も虫も、この世の生きるものすべてが仲間であり、自分自身につながっていると思うのです。だとすれば、近所の人も友達もお客さんもすべてたとえ姿、顔が違っても、自分自身だと思えてきます。もし、生きる意味があるのだとすればこうした「人々のために生きる」ことが生きることであり、生きる意味とはそんなものかもしれません。
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同感,!
結局、理屈なんか後からどうにでも付けられるんだからねぇ~
所詮、人生、気晴らしでしょう。
気晴らしね~❗
う~ん,,!
そこはちょっと同感,!出来ない(笑)
私は生きている事が凄いと感じている人だからね♪
それに完璧でないから人生は楽しいゲームだと思っている(笑)アハハ(⌒‐⌒)
生きているだけで凄いとは思うんだけどさァ~
私は欲が深いからねえ~、いろいろ考えてしまうんだよ(笑)