本当の自分は何処にいるのでしょうか。何を撮ろうとしているのでしょうか。私にはよく分からないのですが、何十年も街の雰囲気を自分なりに体感して、路上を彷徨いながら撮っていると、ふと何気ない街の片隅に、「この世」と「あの世」の境界とも言えるような「もう一つの世界」があるような気がしているのです。そんなシーンを、場所を、私は勝手に「その世」と名付けています。撮りたいものは、なんだかそういうもので、ただそれだけで、それで全部なのです。
2月に入り立春もまじかです。夕方の畳が浦から 天使の階段を見ました。階段は益田沖の高島から 天に向かいいくつも掛かっていました。(あの世へ?) 昭和50年に全島民が本土に集団移住をしたそうです。 土田地区が多いとか、この世の出来事です。 石見瓦に雪が残りこの世の有様ですね。
チベット探検家で浄蓮寺の能海寛(金城町長田)は明治28年、高島に渡り寺子屋を開設しています。住民が土田に移転する前は小学校になっていたようですね。
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2月に入り立春もまじかです。夕方の畳が浦から
天使の階段を見ました。階段は益田沖の高島から
天に向かいいくつも掛かっていました。(あの世へ?)
昭和50年に全島民が本土に集団移住をしたそうです。
土田地区が多いとか、この世の出来事です。
石見瓦に雪が残りこの世の有様ですね。
チベット探検家で浄蓮寺の能海寛(金城町長田)は明治28年、高島に渡り寺子屋を開設しています。住民が土田に移転する前は小学校になっていたようですね。